「自分らしく生きる」って、結局どういうこと?
「自分らしく生きたい」
そんな言葉を、僕はこれまで何度も聞いてきました。
そして、自分自身も何度もそう思ってきました。
でも、ふと考えてみると、
「自分らしく生きるって、結局どういうことなんだろう?」
と思うことがあります。
好きな仕事をすること?
やりたいことをやること?
周りの目を気にしないこと?
自分の意見をしっかり持つこと?
もちろん、それらも「自分らしく生きる」ことの一部なのだと思います。
でも、それだけではない気がする。
僕は今、「自分らしく生きる」ということについて、改めて考えています。
目次
「自分らしく生きたい」と思うのはなぜ?
そもそも、なぜ僕たちは「自分らしく生きたい」と思うのでしょうか。
たぶんその背景には、
「今の自分が、本当に自分の人生を生きているのだろうか?」
という感覚があるのだと思います。
仕事では、会社から求められる役割がある。
家族の中では、家族としての役割がある。
友人関係では、「こういう人でいたい」という自分がいる。
恋愛をすれば、相手に嫌われないように振る舞うこともある。
もちろん、人と関わって生きていく以上、周囲に合わせることは必要です。
問題は、それが積み重なって、
「自分は本当はどうしたいんだろう?」
という問いに答えられなくなってしまうことなのかもしれません。
「自分らしさ」が分からなくなる理由
子どもの頃は、もっと単純だった気がします。
「これが好き」
「これは嫌い」
「今日はこれをしたい」
「こっちのほうが面白そう」
そんなふうに、自分の感覚をそのまま表現していた。
でも大人になるにつれて、
「そんなことをしたらどう思われる?」
「普通はこうするんじゃない?」
「もういい歳なんだから」
「もっと安定したほうがいい」
「そんなことをして何になるの?」
という声が増えていきます。
その声のすべてが悪いわけではありません。
社会の中で生きていくためには、常識や責任感も必要です。
ただ、そうした「こうあるべき」を優先し続けていると、
いつの間にか、
「自分がどう感じているのか」より、「どうするべきなのか」
を考えることが当たり前になってしまう。
そしてある日、
「自分のやりたいことが分からない」
という状態になる。
でも、それは「自分がない」ということではないのかもしれません。
ただ、自分の声を聞く時間が少なくなっていただけなのかもしれません。
他人の期待を生きていると、自分の気持ちが分からなくなる
僕たちは、思っている以上に他人から影響を受けています。
親から言われたこと。
先生から言われたこと。
友達から言われたこと。
社会から「普通」とされていること。
SNSで目にする、誰かの成功や幸せ。
そういうものを少しずつ取り込みながら、
「こういう人間になるべきだ」
という自分のイメージを作っていきます。
そして、そのイメージから外れないように生きようとする。
でも、
「自分が望んでいる人生」と「自分が望まれている人生」は、同じとは限りません。
安定した仕事に就いてほしい。
結婚してほしい。
もっと稼いでほしい。
成功してほしい。
立派な人になってほしい。
そういう周囲の願いに応え続けてきた結果、
「じゃあ、僕自身は何を望んでいるんだろう?」
と分からなくなることがあります。
だから「自分らしく生きる」というのは、いきなり人生を大きく変えることではなく、
自分の中にある小さな声を、もう一度聞き始めること
なのかもしれません。
自分らしさは「見つけるもの」ではなく「気づいていくもの」
「自分探し」という言葉があります。
自分らしさは、どこかに完成形として存在していて、それを探しに行くようなイメージです。
でも僕は、少し違うのではないかと思っています。
自分らしさは、
何かを経験するたびに、少しずつ気づいていくもの。
「これは好きだった」
「これは思っていたより嫌だった」
「こういう場所にいると落ち着く」
「こういう人といると自然体でいられる」
「こういうことをしていると、時間を忘れる」
そんな小さな発見の積み重ねが、
少しずつ「自分」という輪郭を作っていく。
だから、
「自分のやりたいことがまだ分からない」
という人も、焦らなくていいのだと思います。
分からないなら、
「今の自分は何が好きなんだろう?」
と、小さなところから見ていけばいい。
「ありのままの自分を受け入れる」ってどういうこと?
「ありのままの自分を受け入れましょう」
という言葉があります。
でも、これも結構難しいですよね。
自信がない自分。
嫉妬する自分。
人の目を気にする自分。
失敗すると落ち込む自分。
もっとお金が欲しいと思う自分。
誰かに認められたいと思う自分。
そんな自分を、
「これも全部自分だから、好きになりましょう」
と言われても、簡単にはできません。
僕は、「受け入れる」と「好きになる」は違うのだと思っています。
好きになれなくてもいい。
自信がなくてもいい。
弱いところがあってもいい。
「今、自分はこう感じているんだな」
と気づいてあげる。
それだけでも、ずいぶん違うのではないでしょうか。
「こんなことで悩むなんて、自分はダメだ」
ではなく、
「今、自分は不安なんだな」
「本当は寂しかったんだな」
「認めてもらいたかったんだな」
と、自分の内側に起きていることを少し離れて眺めてみる。
自分を変える前に、
まず自分の存在を否定しない。
それが「ありのまま」の第一歩なのかもしれません。
自分らしく生きるために、まずやめたいこと
「自分らしく生きるために、何をすればいいですか?」
と聞かれたら、何か新しいことを始める方法を考えたくなります。
でも、最初は逆でもいいのかもしれません。
少しだけ、
「こうしなければならない」
を減らしてみる。
例えば、
「みんながやっているから、自分もやらなければ」
「もうこの年齢だから、こうしなければ」
「普通はこうするものだから」
「嫌われたくないから、こうしよう」
そんな考えが出てきたとき、
一度だけ、
「本当にそうしたい?」
と自分に聞いてみる。
もちろん、答えが「YES」なら、そのままでいい。
大切なのは、
「自分で選んでいる」という感覚を取り戻すこと
なのだと思います。
自分らしく生きることと、わがままは違う
ここは誤解しやすいところです。
「自分らしく生きる」というと、
「好き勝手に生きればいい」
という意味に受け取られることがあります。
でも、僕はそうではないと思っています。
自分らしく生きるということは、
自分の気持ちも大切にしながら、他人の気持ちも尊重すること。
「僕はこうしたい」
と言ってもいい。
同時に、
「あなたはそう思うんだね」
とも言える。
自分を大切にすることと、他人を大切にすることは、必ずしも反対ではありません。
むしろ、自分の気持ちを無視し続けていると、いつか無理が生じて、人間関係そのものが苦しくなることもあります。
だから、
自分を大切にすることは、わがままではない。
僕はそう考えています。
自分らしく生きるために、まず「小さな好き」を拾ってみる
いきなり、
「あなたの人生で本当にやりたいことは何ですか?」
と聞かれても、答えられなくて当然です。
そんなときは、もっと小さな質問でいい。
- 何をしているとき、少し心が落ち着く?
- どんな場所が好き?
- どんな人といると自然体でいられる?
- 最近、ちょっと嬉しかったことは?
- 逆に、何をしているときに無理をしている?
- 「本当はやりたくない」と思っていることは?
- 誰にも評価されなくても、やってみたいことは?
こういう質問を少しずつ自分に投げかけてみる。
答えがすぐに出なくても大丈夫です。
「分からない」という答えも、自分についての大切な情報だからです。
まとめ|自分の人生を、少しずつ自分に返していく
「自分らしく生きる」というのは、
突然、何か特別な人間になることではないのだと思います。
会社を辞めることでも、
田舎に移住することでも、
好きな仕事だけをすることでもありません。
もちろん、それらが自分らしい選択になることはあります。
でも、その前にあるのはもっと小さなこと。
「僕は、本当はどう感じているんだろう?」
と自分に問いかけること。
そして、
「こうしたい」
「これは嫌だ」
「これは嬉しい」
「これは大切にしたい」
という小さな声を、一つずつ拾っていくこと。
他人の期待に応える人生を否定する必要もありません。
これまで頑張ってきた自分を否定する必要もありません。
ただ、これからの人生の中に、
「自分はどうしたい?」
という問いを、少しずつ取り戻していく。
その積み重ねが、いつか振り返ったときに、
「ああ、これが自分の人生だったんだな」
と思えるものにつながっていくのかもしれません。
僕自身も、まだその途中にいます。
39歳になった今でも、
「自分は何をしたいんだろう」
「どんな人生なら、自分は心から納得できるんだろう」
と考えることがあります。
だから、このブログではこれからも、
「自分らしく生きるとはどういうことなのか」
を、心理学や自己理解、哲学、禅や仏教、時にはスピリチュアルな考え方など、いろいろな角度から考えていきたいと思っています。
正解を教えるためではなく、
一緒に考えるために。
そして、この記事を読んでくれたあなたが、
ほんの少しだけ自分の心に耳を傾けてみようかな、
と思ってくれたら嬉しいです。

